June.16.2018
ヘルマン・ヘッセは,1877年,
ドイツ生まれのスイス人作家です
20世紀前半のドイツ文学を代表する
文学者と言われます
古典的な博愛家の理想と上質な文章を例示する
大胆さと洞察の中で生まれた
豊かな筆業対して,
1946年,ノーベル文学賞が授与されました
『シッダールタ』『ガラス玉演戯』など,
日本人にもかなり親しまれている作品を
数多く残しました
小説に疎かった小生も,
高橋健二さんの訳がとても読みやすく,
一時期集中的に読みふけった時期がありました
主に南ドイツを背景として
穏やかな人間模様の中に,
青年期の揺れ動く微妙な心理を
繊細に描き出すタッチが,
不思議に何かを癒される気がして,
印象的でした
本日はこの,ヘルマン・ヘッセの
名言のいくつかをご紹介したいと思います
(和文拙訳)
まずは,
「憎しみ」にまつわるコメントからです
If you hate a person,
you hate something in him
that is part of yourself.
What isn't part of ourselves
doesn't disturb us.
もしあなたがある人を憎んだら,
その人の中のあなた自身の一部である
何かを憎んでいる
これは深層心理学で言われます,
「投影」に当たります
もしも他人にプラスであれマイナスであれ,
強い感情を抱いた時には,
実はその想いは初めから
相手に向けられたものではなく,
まず自分自身の中に生まれた
自分に対する想いがあって,
それを認めたくないため抑圧した結果,
他者に映し出してしまう,というものです
「いじめ」の原理とも言われます
ヘッセ自身,
その苦闘の過程を描いたのが『デミアン』でした
具体的で多様な経験を踏まえ,
ヘッセは無意識の領域にも抵触する作品を
数々残しました
それらに通底するテーマは,端的に,
これまでの自分を乗り越え
可能性を追求しようとする,
「自己超克」と言っても良いかもしれません
Every man is more than just himself;
he also represents the unique,
the very special and always
significant and remarkable point
at which the world's phenomena intersect,
only once in this way, and never again.
各々の人はまさにその人自身以上のものである
その人はまたユニークなとても特別なもの,
常に世界の現象が交差する
重要で目立った点を表現している
しかもこの方法でたった一度だけで,
二度と再び表せない
続きまして,「現実」についてのフレーズです
There's no reality
except the one contained within us.
That's why so many people live
an unreal life.
They take images outside them for reality
and never allow the world
within them to assert itself.
私たちの内に含まれている現実以外
現実などない
だからこんなにもたくさんの人々が,
非現実的な生活を送っている
彼らは自分自身の外にあるのイメージを
現実と取り違えていて,
自分たち自身の内なる世界が
それ自体を主張することを許さない
ヘッセは
ブッダにまつわる小説『シッダールタ』
を書いたくらい,
仏教をはじめとする東洋思想にも
造詣が深かった作家です
たとえば,チベット仏教ですと,
世界は汝自身の心のあらわれである
と説かれますが,
ヘッセの視点は見事にこれと一致しています
自分の内なる世界が即,現実世界である…
精神と身体とを分けて思考する,
にわかにはピンときづらい考え方のはずですが,
ヘッセは大胆にもその前提のもとに思考し,
作品を書き上げていきました
これもユングの東洋志向に影響されての
ことかもしれません
ヘッセはまた,
人間心理の本質を探るべく,
独自に歴史研究もしていました
ですが,
歴史そのものの閾値も自覚していました
To study history means
submitting to chaos and nevertheless
retaining faith in order and meaning.
歴史を学ぶとは混沌に屈し,
それにもかかわらず
秩序と意味に対する信頼を保持することを
意味する
「歴史」として私たちが認識するものは,
時の為政者たちが自分たちの都合に合わせ,
自己正当化するために文字化させた書物や,
言い伝えの総体です
現代でさえ,「歴史教科書問題」を見ますと,
そのことは一目瞭然です
「客観的歴史」などは幻想でしかありえません
それをヘッセは,混沌に屈することと言います
そして,それでも
秩序と意味を見出そうとする努力を
人間はしてしまいます
こうした発想から,
かなり多くの多分野の学者たちが,
「歴史は学問ではない」
と考えてしまうのも,
もっともなことかと個人的には思います
ヘッセはこうした背景もあり,
自分の経験によってのみ得られる知識の
重要性に気づいていました
There is, so I believe,
in the essence of everything,
something that we cannot call learning.
There is, my friend, only a knowledge -
that is everywhere.
私は信じているのだが,
すべてのことの本質において,
私たちが学習と呼べない何かがある
友よ,知識だけがあるんだ
それはどこにだってあるんだ
どこにでも知識はある
「学習」できない知識,
それこそ,ヘッセの慧眼によって
掘り起こされうるものでした
ですが,一方で知識は「知恵」には
かなわないことも,
ヘッセは認識していました
Knowledge can be communicated,
but not wisdom.
One can find it, live it, be fortified by it,
do wonders through it,
but one cannot communicate and teach it.
知識は伝えられるが,
知恵はそうではない
知恵は自分で見つけ,それを生き,
それによって力を与えられ,
それを通じて不可思議なことを行えるが,
伝えたり教えたりできるものではない
知識は what(もの)で,
知恵は how (方法)だと
よく言われます
知識は伝達可能ですが,
知恵は「コツ」のようなもので,
本人が経験から会得するしかありません
All men are prepared
to accomplish the incredible
if their ideals are threatened.
あらゆる人は自分の理想が脅かされれば,
信じられないことを達成する力が
用意されている
知識ではなく知恵が発動するからでしょう
ヘッセは「幸福」について,
次のように述べています
Happiness is a how; not a what.
A talent, not an object.
幸福とは方法であり,ものではない
才能であって,物体ではない
幸福は物質化できません
それは純粋経験であり,形を持ちません
ヘッセはさらに,
幸福は「才能」であると言います
様々な現象を「もの」として捉えてしまう
私たちの資本主義的集合無意識に,
ヘッセは警鐘を鳴らしていたのでしょう
こうした幸福も含め,
ヘッセは知恵・真実を生きる道を
模索し続けました
そこには,人間誰しも持っているはずの
潜在能力に対する信頼がありました
The truth is lived, not taught.
真実は生きられるものであって,
教えられるものではない
そしてその知恵・真実は生まれる前から
私たちに与えらえている何かだと
考えていたようです
The bird fights its way out of the egg.
The egg is the world.
Whoever will be born must destroy a world.
鳥は卵から自分の道を切り開くべく戦う
卵は世界だ
生まれくるものはみな,
卵の世界を破壊しなくてはならない
破壊と再生
その過程にこそ
生死の真実があり,
知恵があり,
幸福がある
ヘッセの静かな炎のような
端的かつ強力な美的メッセージは,
洋の東西を超えていました
それでは,このへんで