tsuputon's blog

英語の名言をベースに, 哲学から医学・薬学に至る雑学を, ゆるまじめにご紹介していきます

英語の名言:人類には実際に衝動を抑えてくれる「ナッジ」が必要だ(リチャード・セイラー)

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                                                  June.22.2018

 

 

リチャード・セイラー氏は,1945年

アメリカ生まれの経済学者です

 

 2017年,

行動経済学における功績により

ノーベル経済学賞を受賞されています

 

とりわけセイラー氏が

評価されましたのは,

「ナッジ」理論と呼ばれるものです

nudge とは「肘で軽く突く」という意味で,

nag「ガミガミ言う」より,

ちょっとした後押しとなった方が

人の行動を変え,

より良い結果が生まれるという理論です

 

例としてセイラー氏は,

男子トイレの小便器にハエの絵を描いた場合を

取り上げられています

 

この絵を描くことにより

「的に狙いを定める」という人間心理を

誘導して,殿方は床に飛び散らないように

自然となってしまうのです

結果,アムステルダム

スキポール国際空港の清掃費は

80%削減されました… 

 

また来日された際に,

相田みつを美術館に行かれ,

「しあわせはいつも

   じぶんのこころがきめる」と,

にんげんだもの」ということばに

非常に感激され,

行動経済学に通じると仰っていたそうです

 

本日はこの,リチャード・セイラー氏の

名言のいくつかをご紹介したいと思います

和文拙訳)

リチャード・セイラー - Wikipedia参照

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まずは,セイラー氏の御専門である

行動経済学についてのコメントです

 

The lesson of my field,

behavioral economics,

is that we need to understand the ways

in which we differ from the rational human

assumed in standard economic theory.

私の分野である行動経済学の教訓は,

標準的経済理論で想定されている

合理的な人間と私たちが異なっている点を

理解する必要があるということだ

 実に面白い視点です

 

旧来の経済学では「人」を語る時に

意図なく「合理的な人間」を想定した上での

理論が語られていました

セイラー氏はそこに疑問を感じ,

現実の人間は「合理的」などではなく,

心理的」存在なのだと考え,

経済学に初めて,本格的に

心理学の要素を加えられたのです

 

その考え方の真骨頂が「ナッジ」でした

 

A nudge is some feature of the environment

that changes the behaviour of humans

but would not change the behaviour

of rational economic agents,

what we call Econs.

ナッジとは,人間の行動を変えるが,

私たちがイーコンと呼ぶ

合理的経済主体の行動は変えないだろう,

環境のとある特徴のことです

ある意味で既存の経済学の暗闇に

一条の光を当てたかのようです

 

人間は元来,合理的なのではない

 

フロイトに始まる現代深層心理学等で

語り継がれています「無意識」によって,

私たちは行動の大半を規定されているとさえ

言われます

セイラー氏はその無意識を

「軽く肘打ち」することによって,

人々を刺激できると言うのです

We humans actually need help

controlling our impulses - nudges.

人類には実際に衝動を抑えてくれる

「ナッジ」が必要だ

まき散らかしたいという

殿方の非合理的な衝動を抑えてくれる「ハエ」…

 

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ナッジ理論は今では経済学者たちによって,

広く一般的に支持されています

 

Fortunately,

economists open to new ways of thinking

are finding novel ways to use

supposedly irrelevant factors

to make the world a better place.

幸運なことに,

経済学者たちは

世の中をより良くするために

恐らくは無関係な要因を使うための

斬新な方法を発見しつつある

 

例えば,

洋服店トップセールスを誇る

ショップ店員さんは

お客さんが入ってきた時,

まず挨拶だけをして,

その後すぐに近寄ることは絶対にしない

と言います

ですが,そのお客さんの視界の端に

どこか入る位の角度で,

忙しくシャツをたたんだり,

事務をしたりする姿を見せる…

自然にそうすることで,

買う側の心理としましては,

「ああ,あの店員さんはできる人だ」

と思い,気づけば

その人に声をかけてしまうというのです

 

お客さんに「服を売る」こととはほぼ無関係な

「忙しいふりを見せる」というナッジが,

見事に働いています

 

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セイラー氏は,

医療現場に関してもコメントをしています

 

Doctors and hospitals should be paid

for keeping their patients well.

Paying them for

doing more tests and surgeries

creates bad incentives.

医師と病院は

患者を健康に保つことに対し,

給料を支払われるべきである

彼らにより多くの

検査や手術をすることに対し

給料を払うと,

良からぬ動機付けを作り出してしまう

その通りですね…

ですが実際のところは… 

 

これはどんな業種でも当てはまる図式

なのかもしれませんが,

「患者第一」ではなく,

「医師第一」「病院第一」で

現実動いてしまっている実態が

多々あるのではないでしょうか?

患者側からの「ナッジ」としましては,

適切に医師や病院に

感謝の意を述べることぐらいしか

できないのでしょうか… 

医療従事者の方々に「肘で軽く打つ」方法…

 

セイラー氏は,個人的見解としまして,

次のようにも仰っています

 

When it comes to my health,

I would rather my doctor

base her decisions

on science rather than

what she, or some lawyer,

thinks will stand up in court.

私の健康のことで言うと,

自分の医師には彼女やとある弁護士が

裁判所で有利になるだろう

と思うことよりも

むしろ科学に基づいて決定をしてほしい

「訴えられないような医療」…

気持ちはわからないでもないですが,

やはりそれ以前に「科学」としての

医療ありきです

 

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ただ患者側の非がないわけではありません

 

One reason for high health care costs

is that patients fail to follow

their treatment regimen.

高い医療費の一つの理由は,

患者が自分の治療摂生に

従えないことだ

 

とある女医さんが,

研修医時代に実際に体験したこととして

語っておられたことです

 

ある時,彼女は

小児科病棟の宿直となりました

午前3時ごろに救急搬送された5歳男児

来るというので,

スタンバイしていましたら,

40度の高熱で口から泡を吹いてしまっていて,

もう意識不明の状態だったそうです

処置も虚しく約30分後に亡くなったのですが,

半狂乱の母親から時間をかけて

説明を聞きましたところ,

その母親が,

子どもが「頭が痛い」と言い続けるので,

バファリンを飲ませ,それでも効かないので

続いて20錠ぐらい飲ませたというのです… 

 

これはあまりに極端な例ではありますが,

患者側の無知と怠惰・過剰な情報などによって

誠実なお医者さんたちを困らしめていることが

多々あるはずです

それによって積もり積もった医療費が

高くなってしまっている現実を,

セイラー氏は指摘しているのです

 

 

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またセイラー氏は,

いわゆる「机上の空論」と「実践の論理」の

違いを,

次のような例えで説明しています

 

Everyone knows

it's dangerous to ingest gasoline

or to inhale its fumes.

But I am starting to believe

that merely thinking

about the price of gasoline

can damage cognitive processing.

誰だってガソリンを飲んだり

排気ガスを吸ったりするのは危険だ

と分かっている

しかし,私は

単にガソリンの値段についてだけ考えると

認知プロセスを害しうる

と思い始めている

ものの「値段」と言うものは

ものそのものではありません

人間が勝手につけるものです

ですが,その実態をさておいて,

「値段」というものが記号化し,

社会言語として広まるため,

貨幣経済が成り立っています

 

ところが,セイラー氏は

そのこと自体が私たちの

ものそのものを見る「認知プロセス」を

阻害するというのです

 

お金に感情移入をしすぎて,

ものそのものの価値を判断するための

認識ができなくなってしまうのです

 

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こうした現実は,

もはや現代世界の私たち誰もが

関わらずにはいられない「顧客データ」の

世界にも言いうることです 

 

Here is a guiding principle:

If a business collects data

on consumers electronically,

it should provide them

with a version of that data

that is easy to download

and export to another Web site.

ここに指針となる原則がある

もしあるビジネスが

コンピューターで顧客のデータを

集めるならば,

それは当然ダウンロードしやすく,

他のウェブサイトに移しやすい

データのバージョンを

彼らに与えるはずである

 

よく考えると本末転倒の話なのですが,

現実これは世界的に行われていることです

自分たちの「管理しやすさ」を優先し,

「顧客第一」では無いのです

「顧客第一」をプロパガンダにする企業は

山とありますが… 

 

こうしたセイラー氏のユニークな

心理学的経済学を知りますと,

畑違いの小生などは経済にも少し

興味が湧いてきました

 

かつて某国営放送でセイラー氏が

語っておられたことですが,

ある女性活躍を目指す企業が

三人部長を選ばなければならないという時,

いきなり三人とも女性というのではなく,

一人は女性という「ナッジ」を組み込めば,

頭の固い男性陣も納得しやすいというのです

 

ちょっとした工夫で大きな結果を生む…

これこそが本当の知恵でしょう

 

セイラー氏ご本人が,

小生には「ナッジ」です!

 

それでは,このへんで

ごきげんよう

  

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